黒沢清監督が、8K制作のドラマを劇場版として再構成した『スパイの妻』(2020年)は、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した緊密なサスペンスです。1940年の神戸。貿易商の夫が満州で見聞きした国家機密を持ち帰ったことから、幸福だった夫婦の日常に暗い影が差し始めます。夫がスパイとして追われる中、妻の聡子は「スパイの妻」と呼ばれることを恐れず、夫の信念を共に担う決意をします。
本作の魅力は、当時の建物を活かしたクラシックな映像美と、誰が味方で誰が敵か分からない、張り詰めた心理戦にあります。蒼井優と高橋一生の、舞台演劇を思わせる格調高い演技が、時代の重みと個人の情熱を見事に体現しています。
個人の愛が、国家という巨大な力にどのように向き合うのか。現代にも通じる普遍的なテーマを、映画の古典的な手法を用いながらスリリングに描き切った、黒沢清の新境地とも言える傑作です。